縄文

先日、上野で開催中の縄文展を観てきました。


とても感動しました。


数千年から一万年前、

太古の人々により生みだされた土器。


体を使い、頭を働かせて作られたもの、縄文の人々の体や思考を想像するととても楽しい。


土器の模様が流動的で、線に終わりがなく巡ります。流線に誘われ目線は辿り続けます。


川の流れ、海の波、水平線に揺れる夕陽、山の木々から覗く散光、

豊かで厳しい自然の模様でしょうか。


今の伝統工芸や民藝、日本だけでなくアジアの民族にも似た模様があります。

続く人の歩みを感じます。


稲作を始め弥生時代に入ると、保存できる米は貨幣となり貧富の差や上下関係が生まれます。


明日の糧ではなく今日の糧、その日その日を皆で全力で生きるしか無かった縄文時代、そのような時代ならではの体であり心があったと思います。


アジアのどこかの古代民族の言葉には、

あげる、貸す、もらう、借りるなどの言葉が無いと言います。

自分の物と他人の物という区別が無い協同体だったからと考えられていますが、縄文もそのような世界だったのだと思います。


今の自分を超えて想像を膨らませないといけない場に豊かな時間をいただきました。


初めて図録を買いました。

もっと模様を楽しみ、草木染めの刺繍などに活かしてみたいと思います。


これだけの数が集まるのはすごい事です。

おすすめです。


↘写真は展覧会の物ではありません。以前に東博常設展で撮りました。